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:引用::: http://breaking-news.jp/2014/11/05/013811
中勝美容疑者を逮捕-舞鶴事件で無罪の元被告が殺人未遂事件
■2014/11/5 14:26 最終更新■
大阪府大阪市北区兎我野町の雑居ビルで11月5日、女性が刃物で刺される殺人未遂事件が起きました。
11月5日午前8時40分ころ、「男が女性を刺した」などと110番通報があり、事件が発覚。
この事件で大阪府警曽根崎署は、現場にいた大阪市西成区に住む無職・中勝美容疑者(66)を殺人未遂容疑で逮捕。
中勝美容疑者は、2008年に京都府舞鶴市で女子高生が殺害された殺人事件の容疑者として逮捕・起訴され、京都地裁で無期懲役判決を言い渡されたものの、大阪高裁で逆転無罪となった男です。(舞鶴事件の詳細は以下)
発表によると中勝美容疑者は、トラブルになった女性(38)の顔や胸など、約10ヶ所を刺して殺害しようとした疑いが持たれています。被害者の女性は意識不明の重体。
警察に対して中勝美容疑者は「女性が殴ってきたので、刺した」などと供述し、容疑を認めているということです。
現場は、大阪市営地下鉄谷町線・東梅田駅から東方向に約300mほどの位置にある雑居ビルで、建物内には複数のホテルが入っているとのこと。
中勝美容疑者とは
中勝美容疑者には、複数の前科があります。
1973年、当時25歳だった中勝美容疑者は、交際相手の女性とその兄の2人を刃物で刺して殺害。さらに近くの建物に住人の女性2人を人質にして立てこもる事件を起こしました。
2人を殺害した非常に凶悪な犯罪ですが、当時は今ほど厳罰化が進んでおらず、懲役16年の実刑判決となりました。その後、中勝美容疑者は刑務所に服役し、約12年で仮釈放。
それから1991年、当時43歳だった中勝美容疑者は、舞鶴市内で女性(21)を強姦目的で暴行して怪我を負わせる事件を起こしました。
この事件で中勝美容疑者は傷害と強姦未遂容疑で逮捕・起訴され、懲役6年の実刑判決。刑務所に服役して満期出所しました。
そして2008年、舞鶴事件で逮捕され地裁に無期懲役を言い渡されたものの、その後に逆転無罪、2014年に無罪が確定しています。
舞鶴事件は今もなお、中勝美容疑者が犯人だった可能性が高いという意見を持っている人が非常に多く、高裁・最高裁の決定に不満を抱いている人が多いのが実情です。
舞鶴事件とは
舞鶴事件(舞鶴高1女子殺害事件)とは、2008年5月に京都府舞鶴市で高校1年生の女子高生(15)が殺害された殺人事件。
被害者の女子高生は5月7日に行方不明となり、翌5月8日に雑木林で遺体となって発見されました。
2009年4月7日、警察は中勝美容疑者を殺人と死体遺棄容疑で逮捕し、同月29日、検察は殺人と強制わいせつ致死の容疑で起訴しました。
その後、検察は死刑を、弁護側は無罪を主張して裁判が行われ、京都地裁は無期懲役判決を言い渡しました。しかし弁護側は判決を不服として即日控訴。大阪高裁は京都地裁の無期懲役判決を破棄し、逆転無罪となりました。
中勝美容疑者は即日釈放され、検察側が上告したものの最高裁が上告を棄却。2014年、中勝美容疑者の無罪が確定しました。
以下、Wikipediaによる詳細。
舞鶴高1女子殺害事件
事件概要
2008年5月6日、15歳の女子高生が夜午後10時以降に自宅を出た後、翌5月7日午前0時50分頃友人に「国道沿いのドラッグストア付近にいる」と携帯電話で話し、その直後に東京に住む兄に携帯メールを送信したのを最後に行方が途絶えた。同日午前9時頃に女子高生が家に帰らないため、女子高生の家族が捜索願を出す。翌5月8日午前8時45分頃に雑木林で女子高生は遺体として発見された。死因は失血死で死亡時刻は5月7日未明とされる。バールのようなもので女子高生の顔や頭など数回殴って殺害した上、遺体に土や枯れ葉をかけて隠していた。
発生当初の5月、捜査機関は交友関係を調べれば犯人に結びつくとして、犯人特定に楽観的な見方もあったが、捜査は難航する。女子高生に周辺とのトラブルは無く、事件の直前に掛けていた携帯電話の通話やメールからも犯人には結びつかなかった。
一方で、5月7日未明に女子高生と黒い服を着て自転車を押す男性が一緒に現場に向かう府道を歩いているのが複数の防犯カメラの記録に残っていた。聞き込みを続けた結果、8月に現場近くに住む男性(事件当時59歳)が容疑者として浮上。この男は5月6日夜から7日未明に市内の飲食店二店を自転車で訪れ、帰途のコースと時間帯が女子高生が通過したものと重なり、男性は防犯カメラに映った「自転車の男」と体格で同一人物とみて矛盾しないとの鑑定結果も出て、さらに男性は当日は黒い服を着ていたことも判明した。
容疑者の男性と逮捕
11月15日、男性は7~8月に女性下着1枚と賽銭約2000円を盗んだ窃盗罪で逮捕される。11月26日、窃盗罪で家宅捜索が行われた後起訴。11月27日、5月に発生した殺人罪と死体遺棄罪容疑で捜索令状を元に2回目の家宅捜索を行おうとした。しかし、容疑者の弁護人が捜索令状の取り消しを求める準抗告を申し立てたため、延期。その後、準抗告が棄却されて2回目の家宅捜索が入ったが、1日遅れで家宅捜索が始まり、弁護人が記録用のビデオカメラで撮影しながら捜索に立ち会うという状態になった(弁護人のビデオ撮影は府警からの申し入れで途中で中止になったが、立会いは最終日まで続けられた)。家宅捜索は12月4日まで6日間続き、約2000点が押収された。
2009年2月26日、男性は窃盗罪で懲役1年が確定し京都刑務所にて服役。2009年4月7日、男性は殺人事件による殺人罪と死体遺棄罪で逮捕。身柄を山科警察署に移されて取り調べを受け、4月29日、殺人罪と強制わいせつ致死罪で起訴。同日京都拘置所に移送された。5月21日から始まる裁判員制度を目前にしての起訴であった。
裁判
2011年5月18日、京都地裁は防犯カメラの画像の検察側の画像鑑定は「単なる印象に基づくものが多い」として証拠能力を否定したが、目撃証言や防犯カメラから死亡直前の被害者と一緒にいたことを認定し、未公表の被害者遺留品の供述に捜査上の問題はないとして証拠能力を認めて有罪としたが、偶発的な犯罪であることから死刑を回避して無期懲役判決をした。弁護側は判決を不服として大阪高裁に即日控訴した。
2012年12月12日、大阪高裁(川合昌幸裁判長)は京都地裁の無期懲役判決を破棄し、逆転無罪の判決をした[2]。男性は同日釈放された[3]。12月25日、検察側が上告したが[4]、最高裁第一小法廷(横田尤孝裁判長)は、2014年7月10日までに検察側の上告を棄却する決定をした[5]。 これにより無罪が確定した。 出典:舞鶴高1女子殺害事件 – Wikipedia
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:引用::: http://breaking-news.jp/2014/11/05/013811
中勝美容疑者を逮捕-舞鶴事件で無罪の元被告が殺人未遂事件
■2014/11/5 14:26 最終更新■
大阪府大阪市北区兎我野町の雑居ビルで11月5日、女性が刃物で刺される殺人未遂事件が起きました。
11月5日午前8時40分ころ、「男が女性を刺した」などと110番通報があり、事件が発覚。
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中勝美容疑者は、2008年に京都府舞鶴市で女子高生が殺害された殺人事件の容疑者として逮捕・起訴され、京都地裁で無期懲役判決を言い渡されたものの、大阪高裁で逆転無罪となった男です。(舞鶴事件の詳細は以下)
発表によると中勝美容疑者は、トラブルになった女性(38)の顔や胸など、約10ヶ所を刺して殺害しようとした疑いが持たれています。被害者の女性は意識不明の重体。
警察に対して中勝美容疑者は「女性が殴ってきたので、刺した」などと供述し、容疑を認めているということです。
現場は、大阪市営地下鉄谷町線・東梅田駅から東方向に約300mほどの位置にある雑居ビルで、建物内には複数のホテルが入っているとのこと。
中勝美容疑者とは
中勝美容疑者には、複数の前科があります。
1973年、当時25歳だった中勝美容疑者は、交際相手の女性とその兄の2人を刃物で刺して殺害。さらに近くの建物に住人の女性2人を人質にして立てこもる事件を起こしました。
2人を殺害した非常に凶悪な犯罪ですが、当時は今ほど厳罰化が進んでおらず、懲役16年の実刑判決となりました。その後、中勝美容疑者は刑務所に服役し、約12年で仮釈放。
それから1991年、当時43歳だった中勝美容疑者は、舞鶴市内で女性(21)を強姦目的で暴行して怪我を負わせる事件を起こしました。
この事件で中勝美容疑者は傷害と強姦未遂容疑で逮捕・起訴され、懲役6年の実刑判決。刑務所に服役して満期出所しました。
そして2008年、舞鶴事件で逮捕され地裁に無期懲役を言い渡されたものの、その後に逆転無罪、2014年に無罪が確定しています。
舞鶴事件は今もなお、中勝美容疑者が犯人だった可能性が高いという意見を持っている人が非常に多く、高裁・最高裁の決定に不満を抱いている人が多いのが実情です。
舞鶴事件とは
舞鶴事件(舞鶴高1女子殺害事件)とは、2008年5月に京都府舞鶴市で高校1年生の女子高生(15)が殺害された殺人事件。
被害者の女子高生は5月7日に行方不明となり、翌5月8日に雑木林で遺体となって発見されました。
2009年4月7日、警察は中勝美容疑者を殺人と死体遺棄容疑で逮捕し、同月29日、検察は殺人と強制わいせつ致死の容疑で起訴しました。
その後、検察は死刑を、弁護側は無罪を主張して裁判が行われ、京都地裁は無期懲役判決を言い渡しました。しかし弁護側は判決を不服として即日控訴。大阪高裁は京都地裁の無期懲役判決を破棄し、逆転無罪となりました。
中勝美容疑者は即日釈放され、検察側が上告したものの最高裁が上告を棄却。2014年、中勝美容疑者の無罪が確定しました。
以下、Wikipediaによる詳細。
舞鶴高1女子殺害事件
事件概要
2008年5月6日、15歳の女子高生が夜午後10時以降に自宅を出た後、翌5月7日午前0時50分頃友人に「国道沿いのドラッグストア付近にいる」と携帯電話で話し、その直後に東京に住む兄に携帯メールを送信したのを最後に行方が途絶えた。同日午前9時頃に女子高生が家に帰らないため、女子高生の家族が捜索願を出す。翌5月8日午前8時45分頃に雑木林で女子高生は遺体として発見された。死因は失血死で死亡時刻は5月7日未明とされる。バールのようなもので女子高生の顔や頭など数回殴って殺害した上、遺体に土や枯れ葉をかけて隠していた。
発生当初の5月、捜査機関は交友関係を調べれば犯人に結びつくとして、犯人特定に楽観的な見方もあったが、捜査は難航する。女子高生に周辺とのトラブルは無く、事件の直前に掛けていた携帯電話の通話やメールからも犯人には結びつかなかった。
一方で、5月7日未明に女子高生と黒い服を着て自転車を押す男性が一緒に現場に向かう府道を歩いているのが複数の防犯カメラの記録に残っていた。聞き込みを続けた結果、8月に現場近くに住む男性(事件当時59歳)が容疑者として浮上。この男は5月6日夜から7日未明に市内の飲食店二店を自転車で訪れ、帰途のコースと時間帯が女子高生が通過したものと重なり、男性は防犯カメラに映った「自転車の男」と体格で同一人物とみて矛盾しないとの鑑定結果も出て、さらに男性は当日は黒い服を着ていたことも判明した。
容疑者の男性と逮捕
11月15日、男性は7~8月に女性下着1枚と賽銭約2000円を盗んだ窃盗罪で逮捕される。11月26日、窃盗罪で家宅捜索が行われた後起訴。11月27日、5月に発生した殺人罪と死体遺棄罪容疑で捜索令状を元に2回目の家宅捜索を行おうとした。しかし、容疑者の弁護人が捜索令状の取り消しを求める準抗告を申し立てたため、延期。その後、準抗告が棄却されて2回目の家宅捜索が入ったが、1日遅れで家宅捜索が始まり、弁護人が記録用のビデオカメラで撮影しながら捜索に立ち会うという状態になった(弁護人のビデオ撮影は府警からの申し入れで途中で中止になったが、立会いは最終日まで続けられた)。家宅捜索は12月4日まで6日間続き、約2000点が押収された。
2009年2月26日、男性は窃盗罪で懲役1年が確定し京都刑務所にて服役。2009年4月7日、男性は殺人事件による殺人罪と死体遺棄罪で逮捕。身柄を山科警察署に移されて取り調べを受け、4月29日、殺人罪と強制わいせつ致死罪で起訴。同日京都拘置所に移送された。5月21日から始まる裁判員制度を目前にしての起訴であった。
裁判
2011年5月18日、京都地裁は防犯カメラの画像の検察側の画像鑑定は「単なる印象に基づくものが多い」として証拠能力を否定したが、目撃証言や防犯カメラから死亡直前の被害者と一緒にいたことを認定し、未公表の被害者遺留品の供述に捜査上の問題はないとして証拠能力を認めて有罪としたが、偶発的な犯罪であることから死刑を回避して無期懲役判決をした。弁護側は判決を不服として大阪高裁に即日控訴した。
2012年12月12日、大阪高裁(川合昌幸裁判長)は京都地裁の無期懲役判決を破棄し、逆転無罪の判決をした[2]。男性は同日釈放された[3]。12月25日、検察側が上告したが[4]、最高裁第一小法廷(横田尤孝裁判長)は、2014年7月10日までに検察側の上告を棄却する決定をした[5]。 これにより無罪が確定した。 出典:舞鶴高1女子殺害事件 – Wikipedia