豊田商事による金の地金を用いた悪徳商法(現物まがい商法)を手口とする組織的 ... 高齢者を中心に数万人が被害に遭い、被害総額は★2000億円近くと見積もられ、2009年現在★詐欺事件としては最大の被害額である。 :納税家畜選挙民に対して⇒「良い事すれば」 ⇔狡猾官僚コラボ悪党!?⇒攻撃苛烈! :⇔覚悟!「ガリレオ:“それでも地球は回ってる”」⇒庶民主権努力⇒民主化⇒近世⇒★法治国家! :(中世時代⇒暴力弾圧 ⇔処世術!未だに⇒騙され上手⇒演じる納税家畜選挙民) トホホ!
中坊 公平(なかぼう こうへい、1929年8月2日 - 2013年5月3日)は、日本の弁護士(大阪弁護士会)。法学士(京都大学)。元日弁連会長。新しい日本をつくる国民会議(21世紀臨調)特別顧問。菊池寛賞受賞者。
森永ヒ素ミルク中毒や★豊田商事の被害者★救済に弁護団長、破産管財人として★尽力し、日本弁護士連合会会長や整理回収機構★社長を務めた[1]。
1999年に設置された司法制度改革審議会において委員として参加し、法科大学院や裁判員制度の導入に尽力した[2]。戦後日本を代表する弁護士であり、「平成の鬼平」とマスコミ各社に名付けられ呼ばれた。
衆院選 首相が本気の民主潰し、「大物」狙い撃ちを徹底産経新聞 12月15日(月)7時55分配信
■「枝野氏の地元を日の丸で埋め尽くせ!」
「ありったけ日の丸の小旗を用意しろ。過激派の支援を受ける枝野幸男(民主党幹事長)の地元に日の丸をはためかせるんだ…」
8日深夜、首相(自民党総裁)、安倍晋三のこんな指示が、東京・永田町の自民党本部4階の幹事長室に降りた。
翌9日夕、埼玉5区のJR大宮駅前は、日の丸の小旗を手にした聴衆約4500人(自民党発表)で埋め尽くされていた。選挙カーの上で安倍は満足そうな笑みを浮かべた。
「この選挙は日本が前進するか、後退するかを決める選挙です。でも民主党はあの混迷の時代に戻そうと言っている。その代表格が枝野さんだ。確かに弁舌さわやか。菅直人首相の下で官房長官を務めた華麗な経歴。でも果たして結果は出たでしょうか。残ったのは混乱だけだった」
安倍がこう訴えると日の丸の小旗が一斉にはためいた。街頭で小旗の回収係を務めていた若手党職員はこう思った。「首相は本気で民主党を潰すつもりだ…」
◆第三極の衰退誤算
衆院選は自民党が勝利を収めたが、安倍には忸怩(じくじ)たる思いが残る。
安倍が年末の電撃解散で狙ったのは、自民党を勝たせるのはもちろんだが、むしろ自民党を含めた改憲勢力を増やし、護憲勢力を退潮させることに重きを置いていたからだ。
見据えているのは平成28年夏の参院選だ。参院で自民党単独で3分の2超となるには、改選121議席中97議席以上獲得せねばならず、ほぼ不可能といえる。それならば維新の党や次世代の党など第三極にもっと実力を付けてもらい、参院での「改憲勢力3分の2超」を狙うしかない-。安倍はこう考えていたのだ。
だが、みんなの党は選挙前に解党してしまい、維新や次世代などはいずれも苦戦が伝えられた。逆に民主党は議席を増やし、共産党は議席倍増の勢い。安倍は周囲にこう漏らした。
「なぜ維新と次世代は分裂してしまったんだ。多少不満があっても党を割ったらおしまいだろ。平沼赳夫(次世代の党党首)さんは郵政解散での失敗をまた繰り返してしまったな…」
◆戦術はただ一つ
そうなると取り得る戦術は一つしかない。民主党幹部の「狙い撃ち」だ。
8日午後9時ごろ、安倍は自民党本部4階の総裁応接室に副総裁の高村正彦、幹事長の谷垣禎一、選対委員長の茂木敏充ら党執行部を招集した。終盤戦の方針を決める選対会議だった。
配られたのは、3回にわたる自民党の世論調査結果と、重点区に位置付けた35選挙区の一覧だった。
民主党代表、海江田万里(東京1区)▽枝野(埼玉5区)▽選対委員長、馬淵澄夫(奈良1区)▽国対委員長の川端達夫(滋賀1区)-。いずれも自民党候補に苦戦していた。
「あと一歩のところまで来ているな…」
民主党の議席が増えるのはもはや仕方がない。ならば党執行部を軒並み選挙区で落選させ、求心力を一気に低下させるしかない-。そう思っていた安倍は、調査結果を見て突然顔をしかめた。東京1区は、過去2回の調査で自民党候補の山田美樹が、海江田を大きく引き離していたが、僅差に縮められていたからだ。
「やっぱり油断しているところは追い上げられているな。もっと引き締めないとダメだ…」
安倍は紙に書をしたため、全自民党候補の事務所に送付するよう命じた。文面はこうだった。
「油断大敵
最後まで
必死に訴えよ!
弛(ゆる)んだら
勝利はない!
安倍晋三」
◆露骨な集中攻撃
安倍の民主党大物の「狙い撃ち」は徹底していた。
官房長官の菅義偉と手分けして、海江田や枝野、馬淵ら党執行部だけでなく、元首相の菅直人(東京18区)、元衆院議長の横路孝弘(北海道1区)、元厚生労働相の長妻昭(東京7区)、元外相の前原誠司(京都2区)-らの地元で民主党批判を続けた。
歴代首相も衆院選では全国遊説を行い、各地で票を掘り起こしてきたが、これほど露骨に野党大物を集中攻撃した首相はいない。
自民党幹部は「競ってる選挙区を選ぶとたまたま民主党の大物議員の選挙区だった」と語るが、それならば、圧倒的強さを見せる代表代行の岡田克也(三重3区)の地元まで足を運んだことに理由がつかない。
安倍は、尊敬する高杉晋作に自らを重ね、自分が敵陣に切り込み、闘志を見せることで自民党の士気を鼓舞しようとしたのだった。
ところが、不思議なことに民主党でも元首相の野田佳彦ら保守色の強い議員の地元には踏み込んでいない。もしかすると安倍は、すでに総選挙後の野党再編の動きをにらんでいるのかもしれない。
◆勝利に高揚感なく
「静かな選挙戦だった。追い風も向かい風も感じなかった」
高村は選挙戦をこう振り返った。地方創生担当相の石破茂も「2年前のような高揚感はなかった」。多くの自民党候補も同じ思いだろう。投票率の低さがこれを如実に裏付けている。
にもかかわらず各種情勢調査が「自民圧勝」を伝えたのはなぜか。ある党幹部はこう分析する。
「自民党に吹いたのは、民主党や第三極に失望し、行き場を失った有権者の消極的な支持だった…」
確かに日経平均株価は2年前に比べて2倍になった。雇用も改善した。だが、景気回復の実感は乏しい。今回の衆院選はそんな複雑な国民感情を反映したようにも見える。
14日午後10時すぎ、安倍は民放番組の取材に応じ、「衆院選という、政権選択の選挙で信任をいただいた。アベノミクスは道半ば。慢心せずに丁寧に政策を進めていきたい」と語った上で憲法改正にも触れた。
「憲法改正はわが党の悲願だが、国民投票があり、その前に衆参で3分の2という勢力を作り上げねばならない。大変高いハードルでまだそこには至っていない。国民の理解が深まるように憲法改正の必要性を訴えていきたい」
衆院選は自公で3分の2超の議席を得たが、憲法改正は遠のいた。任期4年で改憲勢力をどう立て直すのか。勝利とは裏腹に安倍の表情は終始険しかった。(敬称略)