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明日2月9月曜日【第35回服供養祭】13時~30分間のみ⇒志磨神社和歌山県和歌山市中之島677にある神社

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志磨神社(しまじんじゃ)は、和歌山県和歌山市中之島677にある神社式内社名神大社)で、旧社格県社

伊達神社(和歌山市園部)、静火神社(和歌山市和田;竈山神社摂社)とともに「紀三所社(きのさんしょしゃ)」と称される[1]

 

祭神[編集] 祭神は次の2柱[2]。主祭神 中津島姫命(なかつしまひめのみこと)別名を市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)。

配祀神

生国魂神 (いくだまのかみ) - 配祀の経緯は不詳[3]

別説として、『紀伊続風土記』では「紀三所社」が伊太祁曽三神(五十猛命・大屋都比売命・都麻都比売命)を分祀するとし、当社祭神を大屋都比売命に推定する[1]。ただし当社は紀の川の川中島に位置することから、立地の観点からは中津島姫命が妥当とされる[4]

また『住吉大社神代記』では、住吉大社摂社の船玉神社が紀氏の神であり「志麻神・静火神・伊達神」の本社であるとしている[5]

歴史[編集]

当社は、元和年間(1615年-1624年)に式内社「志磨神社」に比定され改称したものである[4]。現在は「中之島」の地名が表すように紀の川三角州の島に位置するが、社名「しま」がこの川中島を指すといわれる[4]。比定以前の当社は「九頭明神(国津明神)」を称し、元和当時には島内に当社含め小祠6社があったが、その中でも最も社地に勝れていた九頭明神が選ばれたという[4]

概史[編集]

文献では、古くは『新抄格勅符抄大同元年(806年)牒に神戸として「島神 七戸」の記載がある[1]。神戸の存在は、『和名類聚抄』名草郡の「島神戸」の記載にも見える[1][注 1]。国史では「志摩神」として、いずれも伊達神・静火神とともに承和11年(844年)に正五位下、嘉祥3年(850年)に従四位下、貞観元年(859年)に正四位下、貞観17年(875年)に従三位の神階昇叙の記事が記載されている[1]

延喜式神名帳では紀伊国名草郡に「志磨神社 名神大」と記載され名神大社に列しているほか、『紀伊国神名帳』では「正一位 志摩大神」と記載されている[1]

また、志磨神社は伊達神社(和歌山市園部)、静火神社(和歌山市和田)とともに「紀三所社(きのさんしょしゃ)」と称されたとされる[1]。「紀三所社」の記載は、永承3年(1048年)の収納米帳を初めとして、『中右記天仁2年(1109年)条、『梁塵秘抄』四句神歌等に見える[1]。『住吉大社神代記』では紀三所社の由来について、神功皇后三韓征伐に用いた船3艘を武内宿禰に祀らせたことによるとする[1]

以上の「志磨神社」はその後所在不明となっていたが、元和年間(1615年-1624年)に当時「九頭(国津)明神」と称していた当社に比定された[4]。『紀伊続風土記』によれば、当社は慶長年間(1596年-1615年)以前は社領として田畑5反を有していたが検地に伴い没収、その後紀州徳川家によって再興されたという[1]

近代社格制度では、昭和17年(1942年)に県社に昇格した[3]

神階[編集] 六国史における神階奉叙の記録(表記はいずれも「志摩神」) 承和11年(844年)11月3日、従五位下から正五位下 (『続日本後紀』) 嘉祥3年(850年)10月21日、従四位下 (『日本文徳天皇実録』) 貞観元年(859年)正月27日、従四位下から正四位下 (『日本三代実録』) 貞観17年(875年)10月17日、正四位上から従三位 (『日本三代実録』) 六国史以後 正一位 (『紀伊国神名帳』) - 表記は「志摩大神」。 境内[編集]

境内には応永6年(1399年)の銘を持つ石燈籠が立つ[1]

摂末社[編集] 天照皇大神宮、弁財天社、蛭子神社 久嶋神社、宇佐八幡神社、八坂神社 国津神社、天満社、琴平神社 稲荷神社、月読神社、医祖神社 焼火神社、猿田彦神社 祭事 

主な祭事は次の通り[6]

星祭り節分祭(2月3日) 夏祭り(宵宮7月14日、本宮7月15日) 子供神輿渡御(7月第2土曜日) 例祭(10月15日) 庭燎神事(12月15日夜)

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