◆日本傷痍軍人会、13年11月に解散 会員★高齢化で活動困難 :日本経済新聞
https://www.nikkei.com/article/DGXNASDG0802C_Y2A900C1CR8000/
2012/09/08 - 日中戦争や太平洋戦争などで負傷した元軍人らでつくる財団法人日本傷痍軍人会(日傷)が、会員数の★減少と高齢化で組織活動が困難になったとして、来年11月に解散する方針を決めた。各都道府県の傷痍軍人会でも同. ⇔:米に弱み握られたポチ!?安倍晋三総理大臣⇒傷痍軍人会⇒★新傷病兵発生予見⇒再結成!?税負担増大!
◆甘利明前大臣を告発した人物 過去にも同様の行動あった NEWSポストセブンhttps://www.news-postseven.com/archives/20160201_381594.html
2016/02/01 - 安倍政権が国家権力を総動員して1人の男性の素性を追いかけている。名を「一色武」という。誰あらん、辞任に追い込まれた甘利明・前TPP担当相への「賄賂提供」を実名告発した人物だ。 週刊文春(1月28日号)の告発報道前の段階で、内閣 ...
:二階級特進!魂の生還(一等兵曹⇒特務少尉)⇔東条英機大将必敗予見⇒開戦詔書サイン輔弼責任【位階令=従二位・チダツ・褫奪令=金鵄勲章】禁固三年以上剥奪・品位保て無ければ返上可能!
https://blog.goo.ne.jp/omoi51to49hitotuomoi_2011/e/55cad19f677405034d194d4c215c0f7f
◆芦辺 守 海軍少尉
http://www.asahi-net.or.jp/~un3k-mn/toku-asibe.htm
https://blog.goo.ne.jp/omoi51to49hitotuomoi_2011/e/98efbb44fd4d03997a60d802d7345298
略歴
大正 6年 9月16日 和歌山県海草郡貴志村 出身
昭和 9年 6月 日 呉海兵団 入団
昭和15年10月15日 「伊勢」「三隈」「狭霧」乗り組み
昭和16年 4月15日 海軍水雷学校普通科、高等科
昭和17年 3月 日 第二次特別攻撃隊編成
昭和17年 5月31日 第二次特別攻撃隊(伊24潜)として出撃
昭和17年 5月31日 発進、戦没(享年24歳)/シドニー湾
芦辺 守海軍少尉の遺影と遺筆
養泉寺 和歌山県和歌山市
故海軍特務少尉 芦邊 守之墓 護國院釈誠守霊
芦辺五男様(ご実弟)のお話
芦部家には五人の男子がいて全員が従軍され、うち四人の方が戦死されて何れの方の遺骨も
帰って来なかったそうです。
末弟の五男様もシベリアに抑留され帰国したのは昭和24年だとの事でした。
また、和歌山空襲でご実家も焼失されたとの事で、かくも戦禍を蒙り辛酸を舐められたご一家
も有ったのかと、戦争を語り継ぐことの重要性をあらためて痛感致しました。
芦辺五男様
◆豪シドニー湾で特殊潜航艇 発見
シドニー湾で発見された特殊潜航艇(左:共同通信社、右:豪民放TV チャンネル9)平成18年12月 2日 共同通信
「運命の日」目前に魂の生還 旧帝国海軍の潜航艇
今月8日は、わが国が先の大戦に突入してから65年にあたる。「運命の日」を1週間後に控えた1日、オーストラリアで
60年以上も行方不明になっていた旧帝国海軍の特殊潜航艇が確認された。もしかしたら、艇内には乗組員の遺体があ
るかもしれない。長い時をへて発見された潜航艇は、われわれに何を語りかけるのだろうか。
潜航艇は、シドニー北部沿岸から約5・6キロ離れた深さ約70メートルの海底から見つかった。今年11月半ばに地元の
アマチュアダイバーが見つけ、オーストラリアの民間テレビが11月26日、その映像を放映し オーストラリア海軍が確認
作業を行っていた。
共同通信によると、オーストラリアのキャンベル環境・自然文化遺産相が1日、この潜航艇について戦争初期のシドニー
湾攻撃に参加した旧日本軍の特殊潜航艇と確認されたことを明らかにした。
この潜航艇は1942(昭和17)年5月31日夜、連合軍艦船を攻撃するためシドニー湾に入った潜航艇3隻のうちの1隻
だ。魚雷を発射、追撃を振り切った後、行方不明となっており、64年ぶりに所在が確認されたことになる。
潜航艇には当時、伴 勝久中尉(23)=愛知県出身=と芦辺 守1等兵曹(24)=和歌山県出身=が乗っていた。
艇内には破壊用の爆弾2発が残っている可能性があり、非常に危険だという。
キャンベル氏は声明で「乗組員の行方はまだ解明されていない。日本政府と協力し、すべての問題が慎重に取り扱われ
るようにしたい」と述べており、オーストラリア政府は潜航艇を引き揚げるかどうかを日本政府と協議していくことになる。
平成18年12月 2日 日豪プレス
特殊潜航艇、正式確認さる/RSL、日本政府の意向を尊重
12月1日、文化遺産担当大臣イアン・キャンベル上院議員は、シドニー郊外ノーザン・ビーチ沖合3海里の
砂地の海底で発見された船体が、豪海軍の検査と海軍史産収集部の説明から、1942年5月のシドニー湾
攻撃以来行方不明になっていた日本海軍特殊潜航艇であることが公式に確認されたと発表した。キャンベル
大臣は、艇の火薬はまだ爆発能力を持っている可能性があり、誰も艇に近づかないよう警告すると同時に艇
から半径500メートルの範囲を保護水域に指定、艇の遺構と遺体を法律で保護すると宣言した。指定後この
水域では無許可で水中に入ることも船舶の停泊や航行も禁止される。また、NSW政府のフランク・サートー計
画大臣は緊急措置として暫定史産指定を発令、遺構を損壊した者は★最高110万ドルの罰金または6か月の
禁固刑を受けると警告し、「特殊潜航艇の発見は、豪日両国にとって重要な意義があり、遺構は最大限の敬
意と名誉で扱われる」と発表した。これとは別にRSL(復員軍人同盟)のビル・クリューズ会長は、公式確認を
受けて「艇は日本国の財産であり、日本政府がその処分を決められる。RSLは日本政府の意向を尊重する
が、乗組員2人が艇と運命をともにした可能性が高く海洋墓地として遺構を現況のまま保存することが適切と
考えるし、日本政府もおそらくそうするだろう」と語った。また発見したダイバーのグループが、艇を荒らさず、
秘密のまま海軍に連絡したことを評価し、「遺構を盗難や破壊から守ることは現実には困難だが戦争墓地と
いう事実がイタズラを防ぐことを希望する」とした。
特殊潜航艇 更新日:2006/12/27
https://www.nikkei.com/article/DGXNASDG0802C_Y2A900C1CR8000/
2012/09/08 - 日中戦争や太平洋戦争などで負傷した元軍人らでつくる財団法人日本傷痍軍人会(日傷)が、会員数の★減少と高齢化で組織活動が困難になったとして、来年11月に解散する方針を決めた。各都道府県の傷痍軍人会でも同. ⇔:米に弱み握られたポチ!?安倍晋三総理大臣⇒傷痍軍人会⇒★新傷病兵発生予見⇒再結成!?税負担増大!
◆甘利明前大臣を告発した人物 過去にも同様の行動あった NEWSポストセブンhttps://www.news-postseven.com/archives/20160201_381594.html
2016/02/01 - 安倍政権が国家権力を総動員して1人の男性の素性を追いかけている。名を「一色武」という。誰あらん、辞任に追い込まれた甘利明・前TPP担当相への「賄賂提供」を実名告発した人物だ。 週刊文春(1月28日号)の告発報道前の段階で、内閣 ...
:二階級特進!魂の生還(一等兵曹⇒特務少尉)⇔東条英機大将必敗予見⇒開戦詔書サイン輔弼責任【位階令=従二位・チダツ・褫奪令=金鵄勲章】禁固三年以上剥奪・品位保て無ければ返上可能!
https://blog.goo.ne.jp/omoi51to49hitotuomoi_2011/e/55cad19f677405034d194d4c215c0f7f
◆芦辺 守 海軍少尉
http://www.asahi-net.or.jp/~un3k-mn/toku-asibe.htm
https://blog.goo.ne.jp/omoi51to49hitotuomoi_2011/e/98efbb44fd4d03997a60d802d7345298
略歴
大正 6年 9月16日 和歌山県海草郡貴志村 出身
昭和 9年 6月 日 呉海兵団 入団
昭和15年10月15日 「伊勢」「三隈」「狭霧」乗り組み
昭和16年 4月15日 海軍水雷学校普通科、高等科
昭和17年 3月 日 第二次特別攻撃隊編成
昭和17年 5月31日 第二次特別攻撃隊(伊24潜)として出撃
昭和17年 5月31日 発進、戦没(享年24歳)/シドニー湾
芦辺 守海軍少尉の遺影と遺筆
養泉寺 和歌山県和歌山市
故海軍特務少尉 芦邊 守之墓 護國院釈誠守霊
芦辺五男様(ご実弟)のお話
芦部家には五人の男子がいて全員が従軍され、うち四人の方が戦死されて何れの方の遺骨も
帰って来なかったそうです。
末弟の五男様もシベリアに抑留され帰国したのは昭和24年だとの事でした。
また、和歌山空襲でご実家も焼失されたとの事で、かくも戦禍を蒙り辛酸を舐められたご一家
も有ったのかと、戦争を語り継ぐことの重要性をあらためて痛感致しました。
芦辺五男様
◆豪シドニー湾で特殊潜航艇 発見
シドニー湾で発見された特殊潜航艇(左:共同通信社、右:豪民放TV チャンネル9)平成18年12月 2日 共同通信
「運命の日」目前に魂の生還 旧帝国海軍の潜航艇
今月8日は、わが国が先の大戦に突入してから65年にあたる。「運命の日」を1週間後に控えた1日、オーストラリアで
60年以上も行方不明になっていた旧帝国海軍の特殊潜航艇が確認された。もしかしたら、艇内には乗組員の遺体があ
るかもしれない。長い時をへて発見された潜航艇は、われわれに何を語りかけるのだろうか。
潜航艇は、シドニー北部沿岸から約5・6キロ離れた深さ約70メートルの海底から見つかった。今年11月半ばに地元の
アマチュアダイバーが見つけ、オーストラリアの民間テレビが11月26日、その映像を放映し オーストラリア海軍が確認
作業を行っていた。
共同通信によると、オーストラリアのキャンベル環境・自然文化遺産相が1日、この潜航艇について戦争初期のシドニー
湾攻撃に参加した旧日本軍の特殊潜航艇と確認されたことを明らかにした。
この潜航艇は1942(昭和17)年5月31日夜、連合軍艦船を攻撃するためシドニー湾に入った潜航艇3隻のうちの1隻
だ。魚雷を発射、追撃を振り切った後、行方不明となっており、64年ぶりに所在が確認されたことになる。
潜航艇には当時、伴 勝久中尉(23)=愛知県出身=と芦辺 守1等兵曹(24)=和歌山県出身=が乗っていた。
艇内には破壊用の爆弾2発が残っている可能性があり、非常に危険だという。
キャンベル氏は声明で「乗組員の行方はまだ解明されていない。日本政府と協力し、すべての問題が慎重に取り扱われ
るようにしたい」と述べており、オーストラリア政府は潜航艇を引き揚げるかどうかを日本政府と協議していくことになる。
平成18年12月 2日 日豪プレス
特殊潜航艇、正式確認さる/RSL、日本政府の意向を尊重
12月1日、文化遺産担当大臣イアン・キャンベル上院議員は、シドニー郊外ノーザン・ビーチ沖合3海里の
砂地の海底で発見された船体が、豪海軍の検査と海軍史産収集部の説明から、1942年5月のシドニー湾
攻撃以来行方不明になっていた日本海軍特殊潜航艇であることが公式に確認されたと発表した。キャンベル
大臣は、艇の火薬はまだ爆発能力を持っている可能性があり、誰も艇に近づかないよう警告すると同時に艇
から半径500メートルの範囲を保護水域に指定、艇の遺構と遺体を法律で保護すると宣言した。指定後この
水域では無許可で水中に入ることも船舶の停泊や航行も禁止される。また、NSW政府のフランク・サートー計
画大臣は緊急措置として暫定史産指定を発令、遺構を損壊した者は★最高110万ドルの罰金または6か月の
禁固刑を受けると警告し、「特殊潜航艇の発見は、豪日両国にとって重要な意義があり、遺構は最大限の敬
意と名誉で扱われる」と発表した。これとは別にRSL(復員軍人同盟)のビル・クリューズ会長は、公式確認を
受けて「艇は日本国の財産であり、日本政府がその処分を決められる。RSLは日本政府の意向を尊重する
が、乗組員2人が艇と運命をともにした可能性が高く海洋墓地として遺構を現況のまま保存することが適切と
考えるし、日本政府もおそらくそうするだろう」と語った。また発見したダイバーのグループが、艇を荒らさず、
秘密のまま海軍に連絡したことを評価し、「遺構を盗難や破壊から守ることは現実には困難だが戦争墓地と
いう事実がイタズラを防ぐことを希望する」とした。
特殊潜航艇 更新日:2006/12/27